~ 令和8年度 旧車イベント IN 阿寒湖 ~ その2
前回の続きですが、今回は名車のご紹介です
僕のすぐ後ろにいた車両なんと 本物のスカイライン GT-R
ハコスカGT-Rは、初代スカイラインGT-Rです。
1969年に4ドアのPGC10が登場し、その後に2ドアのKPGC10が追加されました。通称のハコスカは、角ばったボディ形状から定着した呼び名です。
当時のGT-Rは、2.0L直列6気筒のS20型エンジンを搭載した高性能モデルとして知られています。
レースでも非常に強く、初代GT-R伝説の出発点とされることが多いです。

ハコスカGT-Rは、スカイラインGT-Rの原点であり、日本の名車を代表する1台です。

リヤガラス熱線がないのも特徴ですね
1969年5月3日のJAFグランプリで、4ドアのPGC10がデビュー戦優勝を記録しました。これは失格車の繰り上がりによる優勝でしたが、ここからGT-Rの伝説が始まります。
その後、ハコスカGT-Rは1969年から1972年までの約3年間で通算52勝を挙げたと、日産系や自動車メディアで一貫して紹介されています。特に有名なのは50連勝という語られ方で、GT-R神話の中心になっている数字です。
1969年
4ドアGT-Rが登場して、国内レースで勝ち始めました。富士や鈴鹿の国内主要戦で結果を積み上げ、GT-Rの速さが広く知られるようになります。
1971年
2ドアのKPGC10に主役が移ります。車体の軽さや戦闘力の面でも有利になり、勝利数をさらに重ねました。
1972年
通算50勝の節目を超え、最終的に52勝まで到達しました。ちょうどこの頃からライバル勢も強くなり、ハコスカGT-Rのひとつの時代が締めくくられます。
主なライバル
マツダ勢
サバンナ RX-3は、ハコスカGT-R時代の終盤で最大級のライバルとしてよく挙げられます。軽さと戦闘力が高く、GT-Rの連勝記録が語られる流れでは、最後に立ちはだかった相手として扱われることが多いです。
トヨタ勢
トヨタ 1600GTやカローラ レビンなども、当時の国内レースで競った相手です。絶対的にGT-R一強の印象は強いですが、クラスやレース条件によってはトヨタ勢も重要な対抗馬でした。
いすゞ勢
ベレットGT-Rも、当時の日本グランツーリスモ系やツーリングカーの文脈では外せない存在です。時代的に少し前半寄りですが、国産スポーツセダン同士のライバル関係としてよく並べて語られます。
⭐ ざっくり言うと
ハコスカGT-Rのライバルを一番わかりやすく言うなら、前半は国産GT勢全般、後半はとくにサバンナRX-3です。

搭載エンジンはS20型です。
2.0L直列6気筒のDOHC24バルブで、当時の国産車としてはかなり特別な構成でした。レース由来の設計思想が強く、GT-Rが別格といわれる大きな理由です。
レーシンングカー R380

R380は、もともとプリンス自動車が1965年に日本グランプリ参戦用として開発した純レーシングカーです。
ハコスカGT-RのS20型エンジンは、R380系で使われたGR8型レーシングエンジンの流れをくむものとして語られます。
つまり、R380で培った技術や考え方が、後のハコスカGT-Rにつながっています。
レース色が強い
S20は、日産のプロトタイプレーサー系技術につながる高性能ユニットとして知られています。一般的な実用エンジンというより、公道を走れるレーシングエンジンに近い性格で語られることが多いです。
吹け上がりが魅力
このエンジンは、低速トルクで押すというより、回して気持ちよく走るタイプです。直6らしい滑らかさと、高回転まで回るフィーリングが魅力として今でも高く評価されています。これはS20を語る時の代表的なポイントです。
つまり当時レーシングカーのエンジンをデチューンして乗せた 見た目は普通のセダンだが
中身はギンギンだったとか。
俗にいう羊の皮をかぶった狼との由来がちたのを小耳にします

オーナー様とお話させていただきとても気さくないい人でした
話を聞くと、レース用エンジンなのか、アイドリングでオーバーヒートするとのことで
ファンシュラウドがつてないため後つけだとか
ラジエターサブタンクも大気開放だったため後つけだとか
さすがです
いいもの見させていただきました
ありがとうございました。
次回につづく・・・・・




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