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小松車輌興業株式会社の外観

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​会社案内

> 小松車輌興業株式会社の歩み

1960年代から官公庁車両の整備を担ってきた、小松車輌興業の歩み。

激動の現場で培った技術力

Technical Ability

釧路市内にも古株と呼ばれる自動車整備工場は少なくないが、入江町に本社工場を構える「小松車輌興業株式会社」もまた、わが国が高度経済成長によるモータリゼーションの黎明期である1960年代から、官公庁を中心とした自動車の整備・修理を請け負ってきた、業界でも草分け的存在の会社だ。
創業者である小松亮次会長は、釧路市の姉妹都市である秋田県湯沢市の隣町、横手市十文字町の出身。工業高校で機械を学び、卒業後にやってきたのが姉が稼いでいた釧路市だった。いくつか面接を受けた自動車会社はどこも引く手あまたの時代であったが、それらの中から就職先として選んだのは、大手メーカー子会社のディーラーだった。

「57年当時、街で走っている車といえばトラックやバンなどの商用車ばかり。 幹線の国道でも砂利道ばかりだったから、官公庁の車などもジープが多かった」と亮次会長。悪路の連続ですぐにサスペンションやフレームが傷み、3年ごとに交換が必要になるほどだったという。「どんなに大変な修理でも、お客さんへの納期を遅らせるわけにはいかないので、徹夜作業になることも日常茶飯事だった。若いからできたのだろう」と述懐する。「誰よりも早く出社して掃除をしたりと懸命に働いたことで可愛がられ、同期よりも先に本社やメーカーに研修に行かせてもらった」ために技術力もメキメキと向上し、就職から10年、28歳の時に現在の会社を設立した。特にトラックやバスなどの大型車専門店として開業したわけではなかったものの、やはり扱う車は大型車が中心だったと話す亮次会長。「扱った車の7割はトラックだった。小さな運送会社の仕事も多く、代金として受け取った手形が不渡りになるなど、いろいろ苦労もあった」と述懐する。独立前と比べて大きく変わったのは、会社の管理はもちろん、自ら受注のための営業活動を行わなければならないことだった。

小松車輌興業株式会社の外観
タイニーチェック
タイニーチェック

まずはお客様を第一に考え行動します

顧客の満足を第一に

Customers First

​常に顧客の満足を第一に考え、信用が何よりという同社のモットーを受け継いで、2017年に亮次氏から社長のバトンを継いだのが次男の大亮氏だ。市内の高校を卒業後、会社経営のノウハウを学ぼうと青森県の短大・商業経済学部へ進学。卒業と同時に父親の会社を手伝いながら、自動車整備士の資格を得るため夜間の学校へ通ったという努力肌の一面をのぞかせる。

現場での一連の作業をこなしながらも父親同様、車検整備の注文を獲得するべく住宅街への飛び込み営業なども経験している。「何事も経験が大切という会社の方針を貫くためにも、後継者だからという甘えは捨てていた。今でも一番早く出社して最初に行うことは、会社のトイレ掃除です」と大亮社長。人の上に立つ者ほど、人のためになることをすべきという創業時からのモットーが脈々と受け継がれている証拠だろう。「仕事をいただいた以上、お客さんに喜んでもらうことが何より重要だから、整備や修理では納得してもらえるまで説明する。そうして得られた信用が次の仕事につながるということも、身をもって学んできた」という実績は、実際に技術力を審査される警察や海上保安庁、消防署や市役所などからの受注が証明している、こうして長年築き上げてきた信用と実績は同社にとって「技術力の証明」として新たな仕事に結び付いている。
「2022年は創業55周年の年。これまでコツコツと積み上げてきた信用と技術力を礎に、これからは100年企業を目指して努力を続けていきたい」と親子で力を合わせて社業のさらなる隆盛を誓っている。

小松車輌興業株式会社の代表取締役会長

代表取締役社長 小松大亮

小松車輌興業株式会社の代表取締役社長

代表取締役会長 小松亮次

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